朝市にお店をしている方が
税務署の帰りだと寄ってくださいました。

「この間はありがとう。助かりました」
丁寧にお辞儀‥
何の事かと思ったら「マスク」でした。

ひとり暮らしで
お店ではいつもマスクをしています。
先月
「とうとう最後の箱を開けてしまった。
この先が心配」
とても不安そうだったので
「どこかに売ってないかなぁ〜〜」
探していたら偶然買えたので届けたのでした。

丁寧なお辞儀に
いつかの苦労して手に入れたマスクをあげて
届いたのが「サンキュー」のLineスタンプ
ひとつだった話しを思い出しました。
その人はもう絶対人にマスクをあげない!
これからは独り占めするんだそうです。

子供の時こんな問題がありました。
「カステラがひとつだけあります。
◯人で分けるにはどうしたらいですか?」

「世の中にマスクがありません
どうしたらいいですか?(Lineスタンプは使えません)」

「プロの編集者は自分では手に入れられない
書き手による生き生きしたものを
求めています」

フェイスブック上のお友達
某出版社の編集者という方の
いつかのありがたいお言葉。

日曜日に新聞社に送って
翌日「生きたくても生きられなかった」を
付け足して再度送りました。
日が無いので今回は不採用かな‥
半分諦めていました。

投稿を始めた頃はカッコ付けた文だった。
掲載されたのを読んで恥ずかしくなった。
いつの頃からか力が抜けた。

「文章」も
ブログもフェイスブックも結局
「ありのまま」となる。

以前は書きたい事をまとめられず
文が長過ぎた。
掲載された文章は半分くらいに
まとめてもらえてたし
修正もしてあった。
「なるほど!」と思う事が楽しみでもあった。

最近はそれが無くなったように思う。
こんなご時世なので
訂正を「悪意」と取って
過剰反応する人がいるのかな‥

文章は割とさらさら打てますが
毎回タイトルに悩みます。
今回も訂正されてます💦
「なるほど!さすが!」は
担当者さんにかえって失礼だろうか‥。

「北国新聞の人って京子さんの何?」
突然言われた事がある 笑
度々採用されるので
コネがあると思われたらしい。

「地鳴りの担当者実は元彼なんです!」
こたえておいた。

今日は定休日で息子も夜勤なので
朝寝坊する予定だった。
それなのに朝早くに母から電話。
今度は何が無いのか‥と思ったら
「今朝の新聞に出とるよ」
北国新聞の投稿欄に採用された。
今日は能登半島沖地震から13年目です。

「おめでとう。母ちゃん嬉しい。自慢やわ」

「おめでとう」って‥大袈裟やろ?笑

久しぶりに聞く母の肯定的な言葉。

「書く」事は「親孝行」にもなっている。

せっかく?目が覚めたのでマリンタウンまで
ウォーキングしました。

夫が先日ジムの帰りに
ドラッグストアで買って来た
真っ黒の半額「黒酢豚弁当」が
あまりにも美味し過ぎたので
うちでも。

こんなにカラフルな野菜を
黒くする事が出来な〜〜い💦

「マスクありますか?」
人に会う度聞いて
東京の親戚に送ったりして
自分が花粉症だという事を
すっかり忘れてました💦

目が痛くてコンタクトが入れられません。
病院で薬を処方してもらいました。

帰りに寄ったスーパー
レジの後ろに並んだ方が
焼き芋をふたつだったので
「お先にどうぞ」

「いえ、大丈夫です」の後
「ありがとうね」
何度も言ってくれたのでした。

レジが終わった後も‥

帰り道は
なーんか気分が「るんるん」
ちょこっとな事で嬉しくなる。

輪島高校の桜も
もう直ぐです🌸

墓石の上の大木の巣に
アオサギがつがいでいます。
卵を産んで雛が孵るとフンが落ちてきて大変。
砂利の隙間は除草剤が効いたようです。
穴水町の加藤石材店さんに
教えて頂いたおかげ。

ずっと気になっていた水場の汚れ。

こういう所は信心深い背中の丸いお年寄りが
まめに掃除するもんじゃないの?
思っていた‥
昨日「そっか私がすれば良いんや」
何でこんな簡単な事に気が付かなかったのか 笑
綺麗になってスッキリ。
もっと早くに気が付くべきだった〜〜。

山門の屋根に雀が並んで可愛い💕

宮城まりこさん

2009年
金沢21世紀美術館でねむの木学園作品展を観ました。
「作品」は画用紙に描いたものだと
思い込んでいた自分が恥ずかしかった。

大きなキャンパスいっぱいに
細かく家や人がびっしり描かれたもの
黒人のような肌の色
切れ長の目
赤いマントを着た女の人。
タイトルは確か「まりこ」だった。

地下の会場に
合唱のリハーサルをしている
宮城まりこさんがいました。

ねむの木学園の人達を
「子供たち」と呼び
その全員がビートルズのような
マシュマロカットでした。
その前髪を宮城さんが直していた。

テレビで観る甘い声の
ふんわりなイメージとは少し違って
強い直向きな必死な真剣そのものという印象。
「宮城さん」なんて気軽に
声を掛ける人はいなかった。

その時にカレンダーを購入したのですが
翌年申し込み用紙と
もちろんコピーでしたが
園の資金となるカレンダーを
再度購入して欲しいという内容の
宮城さんの必死さが伝わる直筆の文章が
添えられていました。

絵葉書が残っているかな?
探したらありました。
作品展の時は記録の代わりに必ず購入します。

93歳
「子供たち」のために
まだまだ死にたくなかったと思う。

そして思い出した
「吉行淳之介」

つみれ

今話題の杏ちゃんが主役だった
NHK朝ドラ「ごちそうさん」
大阪の「始末の精神」

好きでした。

3枚卸しにした鯵の骨を
昨夜骨せんべいにしました。
魚を捌くのが下手なので
よく見ると身がたくさん残っている💦
小さいスプーンで身を刮げると
かなりの量の身が取れました。

ひらめいたのは「つみれ」
作り方はGoogle。

時間が無くなってたけど
どうしても我慢できなくて
「三つ葉」を取りに行ってしまいました。
やっぱり全然違う〜。
「自己満足」中です。

浅野川

金沢にいた学生時代
あれは浅野川大橋からだったのか‥
川面に揺れる友禅流しを初めて見た時の衝撃
黒留袖の美しさは今でもはっきりと
心の中に残っています。

橋から身を乗り出して
いつまでも見ていた記憶。

骨せんべい

先日ウォーキング中にもらった鯵。
タタキとフライにして

骨は「骨せんべい」にしました。

パリポリに揚がりました。