「プロの編集者は自分では手に入れられない
書き手による生き生きしたものを
求めています」

フェイスブック上のお友達
某出版社の編集者という方の
いつかのありがたいお言葉。

日曜日に新聞社に送って
翌日「生きたくても生きられなかった」を
付け足して再度送りました。
日が無いので今回は不採用かな‥
半分諦めていました。

投稿を始めた頃はカッコ付けた文だった。
掲載されたのを読んで恥ずかしくなった。
いつの頃からか力が抜けた。

「文章」も
ブログもフェイスブックも結局
「ありのまま」となる。

以前は書きたい事をまとめられず
文が長過ぎた。
掲載された文章は半分くらいに
まとめてもらえてたし
修正もしてあった。
「なるほど!」と思う事が楽しみでもあった。

最近はそれが無くなったように思う。
こんなご時世なので
訂正を「悪意」と取って
過剰反応する人がいるのかな‥

文章は割とさらさら打てますが
毎回タイトルに悩みます。
今回も訂正されてます💦
「なるほど!さすが!」は
担当者さんにかえって失礼だろうか‥。

「北国新聞の人って京子さんの何?」
突然言われた事がある 笑
度々採用されるので
コネがあると思われたらしい。

「地鳴りの担当者実は元彼なんです!」
こたえておいた。