父が「看取り」の期間に入ったから
年の離れ過ぎた友達
おばちゃんの畑で過ごす時間は
ほっとする癒やしの時間でした。

「京子ちゃんお父さんの足腫れとるか?」

「うん、ぱんぱん」

「そうか…京子ちゃん可哀想やけど
そうなったらお父さんもう治れんな…」

「うん…分かってる
覚悟してるねん」

おばちゃんは本当に私の事思ってくれてて
昔なつかしいような
おばちゃんとの会話と関わりに
私はとても救われていました。

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49日はいつか

父が亡くなる前日の
5月5日青柏祭が行われた日に
生まれて初めてヨットに乗せて頂いた。
そのヨットの所有者の方が
49日はいつか?と聞くので
逮夜から一周忌までの予定をラインで送ると
「49日過ぎたら船に乗れるんや」と仰る。

そっか…

2度目があるんだなぁ…

有り難くて
有り難くて

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今日は朝から日が暮れるまで
実家の墓掃除でした。
夜勤に出る息子と舅に昼食を作りに戻って
また午後から掃除でした。

まだ誰も入っでない
父が一番乗り。

墓を立ててからずっと父が
掃除に通ってたけど
ここ数年は
墓まで来れなくなっていたので
山の中の墓は
落ち葉と伸びた草と
伸びた木々で大変な状態でした。

近くの小川に下りて
バケツで水を運んで掃除をしながら
「寿命がまた縮まるな…」
ひとり笑ってました。

今年の雪かきは特に体が辛かった
毎年雪かきで寿命が
縮まってるのが分かる
そろそろ
命が尽きるかも?(笑)

長生きは出来ない気がしてるので
より良く生きたいなぁ
人には優しくして
いい言葉を選びたい
心に決めてます。

墓の周りに紅葉が植えてあって
高く高く育ってます。
気が付きませんでした
父は紅葉が好きでした。

体はきつかったけど
父と向き合えた時間でした。

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5月6日
地震の翌日
父は逝きました。

娘に手を握られ
感謝の言葉を聞きながら
息を引き取りました。
何て幸せな逝き方と私は思ってます。

看取りの域に入った一週間は
父との別れが
怖くて悲しくて
マリンタウンの堤防に坐り
泣いていたのに
いざ父が亡くなったら
泣きませんでした。
「覚悟が出来ていた」と
いう事なのかな
逃げないで向き合ってきた
父の私へのご褒美なのか。

小さい頃からの
「俺が死んでも取り乱すことは
せんといてくれ!」
父の教えを守れたかな…

父は旅立ちました

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いつものように
堤防に座って
瞑想してから
「悲しくてやりきれない」を
坂本冬美で聴く。

「胸にしみる空の輝き
今日も遠くながめ涙を流す」
海を見ていると
歌詞は今の私そのもの。

悲しい時はちゃんと悲しもうと決めてます!

海は青く
塚田の方角の海が
キラキラと輝き
青い空に
雲が流れて
父との永遠の別れが
確実近づいているのに
何ひとつ景色が変わってないのが
不思議です。

いつも温かな気持ちを
届けてくれる方。
有り難いです。
美味しそっ!
いつも安い食パンだから
高いの買って付けたい。

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You Tubeで
戦後の歌謡曲を検索すると
懐かしさが込み上げてきて
泣けてきます。

面会時間は15分
検索する時間が勿体ないので
メモしていきますが
全曲は無理でした。

昨日は「愛染かつら」を言い当て

今日はほとんど反応のない父が
「目ン無い千鳥」と
はっきり言ったことに
仕事が休みで一緒に面会した息子も
びっくりでした。

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いつものように堤防に座って
SoulHealingを聴いてから
今日はどの懐メロを
父に聴かせようかと
You Tubeで探していたら
「藤山一郎
影を慕いて」が出てきて
ああこれ好きだったなぁと
聴いていたら
涙がどんどん出てくる
堰を切ったように
子どもみたいに泣きました。

「悲しくてやりきれない」は
坂本冬美が一番良い。
次は多部未華子。

父がああなってから
ウォーキングの間
繰り返し聴いてます。

現実と向き合い
逃避しないで
悲しい気持ちを認める。

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